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仙台高等裁判所 昭和43年(う)149号 判決 1968年11月07日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年および罰金五〇、〇〇〇円に処する。

ただし、この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

右罰金を完納することができないときは金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審および当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人佐藤智彦名義の控訴趣意書および控訴趣意追加と題する書面に記載されたとおりであるから、いずれもこれを引用する。

控訴趣意について

記録によると、原判決は、所論のとおり、その押収にかかる指輪三個を被害者広橋達朗に還付する旨の言渡をしたものであるところ、右指輪三個(以下これらを合わせて「本件指輪」という。)は、もともと、その所有者たる広橋から、朴南奎が、代金を約束どおり支払う意思も能力もないのにこれあるように装って広橋をその旨誤信させたうえ買受名下にこれを騙取したものであって、被告人は、判示第二および第三に記載されたとおり、本件指輪がいずれも賍物であることの情を知りながら、朴に対する貸金四〇〇、〇〇〇円についてのいわゆる売渡担保として、同人から右のうちのダイヤ指輪二個の交付を受け、さらに、同人に対する貸金五〇〇、〇〇〇円についての同様売渡担保として、同人からスターサファイヤ指輪一個の交付を受けて、いずれも賍物の故買をしたものであることが明らかである。

論旨は、本件指輪については、被告人が捜査機関にこれを任意提出した後において、被告人と広橋との間に、被告人が朴に対して出捐貸与した右四〇〇、〇〇〇円および五〇〇、〇〇〇円の各元本額を広橋から支払を受けることとし、かつその支払を受けるのと引換えに広橋がダイヤ指輪二個およばスターサファイヤ指輪一個の所有権をそれぞれ取得するものとするとの合意が成立したのであり、このことは弁護人が原審においてその弁論要旨に添付して提出した広橋達朗名義の上申書写によって明らかなところであるから、原審裁判所としては、すべからく、右合意の趣旨に従い、押収にかかるダイヤ指輪二個は金四〇〇、〇〇〇円を、スターサファイヤ指輪一個は金五〇〇、〇〇〇円を、それぞれ広橋が被告人に支払うのと引換えにこれを広橋に還付する旨の言渡をなすべきものであって、原判決が、広橋には本件指輪の引渡を無条件で請求しうる権利があるとの前提のもとに、右のような条件を何ら附することなく、これを同人に還付すべきものとしたのは不当である旨主張する。

ところで、刑事訴訟法第三四七条第一項が押収にかかる賍物を被害者に還付することを認めた法意は、その物が被害者の権利に属することの理由が明白な場合には、刑事訴訟上の手続において被害者に直接これを引渡すことが実際上便宜かつ妥当であるとの点にあるのであるから、同条項にいわゆる被害者に還付すべき理由が明らかなときとは、被害者が私法上その物の引渡を請求する権利を有することの明白な場合をいうものと解すべきであり、なお、被害者還付の言渡が、その性質上、引換給付の義務を被害者に併せ科するようなことはもとより許されないところであるから、被害者の右引渡を請求する権利も反対給付の提供義務を同時に負担するようなものであってはならないのであって、もしも、これらの点につき若干でも疑義が存するときは、もはや被害者還付をなすべきではなく、民事上の請求手続による本来の解決方法に委ねるべきものである。

これを本件についてみると、本件指輪が、所有者広橋達朗から朴南奎を経由して被告人の手中に帰した経緯は、先に検討したとおりであるので、その限りにおいては、 なるほど、広橋の朴に対する本件指輪売却の意思表示が要素の錯誤により無効であってその所有権は朴に移転せず、かつ被告人についても、同人がその所有権を取得すべき格別のいわれは存しなかったものとして、本件指輪の所有権は依然として広橋に帰属し、同人は被告人に対してその引渡を請求する権利を有するものであると認めることができようけれども、他面、記録および当審における事実取調の結果によれば、被告人は、原審における保釈中の昭和四三年一月末頃、広橋をしてその作成名義人たらしめる予定のもとに、同人が被告人に対する寛大な裁判を願っている旨の原審裁判所宛の上申書をいわゆる代書人を通じて作成したうえ、これを広橋に示し、作成名義人としてこれに署名押印してくれるよう同人に求めたもので、同書面の一部には、「私が、被告人に対して、同人が本件指輪を担保に朴に貸与した金員の元本額だけで、本件指輪を私に買戻しをさせてほしいと頼んだところ、被告人がこれに応じてくれたので、私も安堵している。」旨の記載がなされているものであるところ、広橋は、同書面の内容につき、右の記載部分をも含めてこれを一応は諒承したうえで、作成名義人として同書面に自ら署名押印をなし、これを被告人に手渡したものであることが認められるのであり、してみると、右上申書の授受によって、被告人と広橋との間には、広橋が被告人から本件指輪の引渡を受けるにつき、広橋において所論のような金員支払の反対給付義務を負担する旨の合意が成立したものと解される余地があるのであって、また反面では、仮りに右のような合意が成立したものと認めるべきであるとしても、当審における証人広橋達朗の供述に徴すると、右の合意に関する同人の意思表示については、無効原因ないし取消原因が存するものと解される余地がなくもないのである。

以上のような事実関係に照らすときは、本件賍物たる指輪につき、被害者広橋において、被告人に対し反対給付の提供義務を同時に負担するようなことなしにその引渡を請求する権利を有するものであることが、少しの疑義をもとどめることなく一義的に明白であるものとはとうてい認めることができない次第であるから、本件指輪はこれを被害者に還付すべきものではない。

してみると、原判決が、その押収にかかる本件指輪につき、被害者広橋に還付すべき理由が明らかであるとしてこれを同人に還付する旨の言渡をなしたのは、この点において事実を誤認し、法令の適用を誤ったものというべく、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。論旨は結局理由がある。

そこで、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八二条、第三八〇条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に則り、さらにつぎのとおり判決する。

原判決が認定した犯罪事実に法律を適用すると、被告人の判示各所為は刑法第二五六条第二項、罰金等臨時措置法第三条、第二条にそれぞれ該当するところ、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから、懲役刑につき、同法第四七条本文、第一〇条により、犯情の最も重いと認められる判示第一の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑につき、同法第四八条第二項により、各罪所定の罰金額を合算し、その刑期および金額の範囲内において被告人を懲役一年および罰金五〇、〇〇〇円に処し、同法第二五条第一項第一号により、この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予し、同法第一八条により、右罰金を完納することができないときは金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置すべきものとし、原審および当審における訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文に従いこれを全部被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 有路不二男 裁判官 西村法 桜井敏雄)

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